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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)491号 判決

原告 株式会社 ワールド

右代表者代表取締役 畑崎広敏

右訴訟代理人弁護士 山本忠雄

同 松本藤一

被告 株式会社 ワールドプラザ

右代表者代表取締役 藤原昌幸

右訴訟代理人弁護士 原田豊

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、スポーツ用品及び衣料品の販売営業に関し、営業上の施設及び宣伝、広告その他の営業活動について、「ワールド」の呼称を生ずる文字を使用してはならない。

2  被告は、「ワールド」の呼称を生ずる文字を表示している看板、パンフレット、広告物その他の営業表示物件から「ワールド」という呼称を生ずる文字を抹消せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年一月に設立され、繊維二次製品である婦人服、紳士服、子供服、スポーツ衣料等各種衣料品等を製造、販売している株式会社であるが、その営業表示として、商号「ワールド」をそのまま又はローマ字若しくは英訳して(WO-RLD)使用している。

原告は、我が国を代表する繊維服飾メーカーとして著名であり、特に神戸市に本社を有する我が国最大の婦人服飾メーカーとして、また高収益、高度成長企業として繊維業界のみならず、広く経済界において注目されている著名企業であり、「ワールド」は正にその企業体を示す営業表示として、遅くとも昭和四〇年ころには我が国全域において周知されるに至った。

2 被告は、昭和五六年一一月に設立されたスポーツ用品等の販売等を業とする株式会社であるが、その営業表示として、店舗の表示や各種のカタログにおいては、「ゴルフプラザ」の英文(GOLF RLAZA)と「ワールド」の英文(WORLD)とを結合表示したものを、また、野外広告においては、「ゴルフのデパートワールド」と片仮名で表示したものをそれぞれ使用している。

3(一)  被告は、右の「ゴルフプラザワールド(GOLF PLAZA WORLD)」の表示中「ワールド(WORLD)」の部分を別段にし、字体を大きくしたり、「ゴルフのデパートワールド」の表示中「ワールド」の部分の字体を大きくし、しかも色彩を他の部分と異ならせるなどして、「ワールド(WORLD)」の表示部分を明確に区別し、印象づけている。そうすると、被告の営業表示の主要部分は、原告の営業表示と同一の「ワールド」であり、その外観、呼称、観念において同一であるから、被告の営業表示は原告の営業表示と同一又は類似のものというべきである。

(二) 原告は、従来主として婦人用衣料品の製造、卸を営んでいたものであるが、紳士用衣料品には早期に参入しており、昭和五〇年には子会社「リザ」を設立して小売部門にも進出する一方、昭和五六年九月以降は英国スラセンジャー社と提携して、ゴルフ、テニスその他スポーツ用品部門にも本格的に進出し、その営業を行っているところ、被告は、肩書本店所在地に設けた店舗において、ゴルフ用品の小売販売を行っているが、クラブ、ボール等のいわゆるハード商品のみならず、ゴルフウエア、シャツ、スラックス等のいわゆるソフト商品も取扱っており、その業態は原告の企業活動の一部と直接競業関係にある。このような状況の下で、被告は、前記のとおり原告の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用して、取引業者又は需要者に、原告と被告を同一営業主体又は両者間に親会社、子会社の関係若しくは系列会社関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤認させ、もって原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる行為を行っている。

(三) 原告は、被告の右混同行為により営業上の利益を害されるに至っており、将来も害される虞れがある。

4  よって、原告は被告に対し、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき、原告の営業表示と同一又は類似の表示の使用差止めを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。原告の営業表示である「ワールド」が周知されているとの主張は争う。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張はいずれも争う。

(一) 「ワールド」という言葉は世界という広い観念であって、種々の業種においても広く使用されており、この表示が原告を示すものとは一般に観念されない。その言葉自体何ら独自性を有するものではなく、原告そのものを示す専属的なものではないから、「ワールド」という言葉のみで類似性を判断することはできない。原告の営業表示は、「ワールド」が単体で使用され、Wをデザイン化したシンボルマークが使用されているのに対し、被告は、「ゴルフプラザワールド」と結合して表示し、地球を中心としてライオンとゴルフクラブが二対描かれたマークを使用していることに加え、その書体をも併せ全体的に観察すれば、右の両表示は類似しているとはいえない。

(二) 原告は衣料、主として婦人服の卸、メーカーであり、小売店からの予約注文を中心として衣料品を販売しているのに対し、被告はゴルフ用品の小売店であり、ゴルフクラブやバッグ等を中心に一般消費者に店頭販売しているもので、両者は業種、業態、品揃え等において全く異なっている。また、原告は、「婦人服のワールド」というイメージが定着しており、婦人用衣料を中心に小売業者を直接の取引先として市場を展開しているのに対し、被告は、ゴルフ専門店であることを知って、ゴルフ用品の購入を動機づけられて来店する顧客を対象としており、両者は市場を異にするのである。このような状況からすれば、原告と被告の営業主体を誤認混同する虞れは存在しない。

三  抗弁

被告は、今日まで「ゴルフプラザワールド」の表示で顧客層を拡大し、営業を続けてきたのであり、この表示を使用できないことになれば、多大の損害を蒙り、企業の存在にかかわる重大な事態に立ち至ることは明らかである。ところが、原告にとっては何ら実害がなく、今後も被告が営業を継続することによって被害を受けるとは考えられない。それを一方的な主張によって、弱小企業である被告が企業存廃の危機にひんするような本件表示使用差止めの請求をすることは、権利の濫用であり、許されない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の主張について判断するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和三四年一月に神戸市において設立された株式会社であるが、現在繊維二次製品である婦人服、紳士服、スポーツ衣料等各種衣料品等の製造、販売を業としており、その営業表示として、商号である「ワールド」をそのまま又は英訳した「WORLD」を使用している。

(二)  原告は、設立当初、資本金二〇〇万円、婦人オールニット製品の製造、卸を営業目的として、従業員四名で発足したものであるが、翌昭和三五年度の年間売上高は一億円を越え、昭和三九年末には東京店を設けて関東方面にも進出し、昭和四二年度の年間売上高は一〇億円を突破するなど、業績は順調に伸びていった。営業範囲も当初のニット製品から次第に婦人服飾品全体の製造、販売に及び、昭和五一年度の年間売上高は四二二億円余りに達し、婦人服飾業界第一位を記録した。昭和五三年ころ紳士服部門に、さらにはスポーツ衣料品部門にも相次いで進出し、昭和五五年当時従業員一〇〇〇名を擁する企業に成長し、同年七月ころ、創業二〇周年を記念して地元神戸市に二〇億円を寄付したことから、人々の注目を浴び、その名称は広く一般の人々にも知られるようになった。このようにして、原告は、高収益、高度成長の繊維服飾メーカーとして、とりわけ「神戸ファッション」と銘打った高級婦人服飾品の製造、販売業界の代表的存在として、繊維業界のみならず、広く経済界において注目されるに至った。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、原告がその営業表示として使用している「ワールド」は、遅くとも昭和五五年ころには我が国全域において周知されていたものと認めることができる。

二  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、同3の主張について検討する。

1  まず、原告の営業表示及び営業の態様等について、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、その営業表示として、別紙図面(一)記載のとおり、「W」をデザインしたシンボルマーク、「GRAND FASHI-ON」の文字及び「WORLD CO., LTD.」の文字を組合せたものを多く使用しているが、場合によって、右三者の組合せのうち「WORLD CO., LTD.」の「CO., LTD.」を省略したものや右シンボルマークと「WORLD CO., LTD.」又は「WORLD」の文字だけを組合せたものを使用している。なお、そのいずれにおいても「WOR-LD」部分の「W」の文字は、別紙図面(一)記載のとおり、特徴のある字体が使用されている。

(二)  前認定のとおり、原告は、従来主として婦人用衣料品の製造、卸を営んでいたものであるが、昭和五三年六月新たにドルチェ部を設けて、紳士用衣料品部門、更にはスポーツ衣料品部門への進出を図り、まず「ドルチェ(DOLCE)」の商標でセーター、シャツ、ベスト等のスポーティカジュアルウエアの販売を関西地区において開始したのを皮切りに、翌昭和五四年一月には「ディマジオ(DIMAGGIO)」の商標でウォーキングジャケット、シャツスーツ、スカート等のスポーツ用衣料を発売し、昭和五六年三月からは右両商標の商品を全国的な規模で販売するようになった。そして、同年英国におけるテニス、ゴルフ等スポーツ用品の製造販売業の老舗であるスラセンジャー社との提携が成立したことから、本格的にスポーツ衣料部門に参入することとなり、翌昭和五七年九月には「スラセンジャー(SLASENGER)」の商標でゴルフ及びテニス用衣料品の販売を開始するとともに、「ヴォクセル(VOXEL)」の商標でジョギングウエア、レオタード、スイムウエア等の販売も開始した。その後右ドルチェ部は徐々に取扱商品を増やし、また、取引の相手方である小売店の数を増やして売上げを伸ばしていったが、取扱商品の中心は衣料品であり、クラブ、ボール等のいわゆるハードのゴルフ用品については、顧客の注文に応じて前記スラセンジャー社製の商品を商社を通じて仕入れ、小売店に卸売をしている程度にとどまっている。なお、原告製品の販売形態は、従来専ら原告から一旦小売店に卸し、小売店が一般消費者に販売する形をとっていたが、近時原告自ら子会社や直営店を設けるなどして直接一般消費者に販売する形も増えつつあり、小売部門を充実強化する傾向にある。

2  他方、被告の営業表示及び営業の態様等については、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告がその営業表示として使用している「GOLF PLAZA WORLD」については、多くの場合、別紙図面(二)記載のとおり、「WORLD」の部分を別段にし、字体も大きく表示されている。被告は、同図面記載の地球を中心としてライオンとゴルフクラブが二対描かれた商標を登録しているが、各種のカタログ、紙上広告等においては、これを右営業表示と組合せて使用している。

また、被告が野外広告において使用している「ゴルフのデパートワールド」については、「ワールド」の部分が他の部分より字体が大きく、色彩も異なっている。なお、「GOLF PLAZA WORLD」及び「ゴルフのデパートワールド」を通じて、「WO-RLD」及び「ワールド」部分の字体そのものには、これといった特徴は見られない。

(二)  被告は、昭和五七年一〇月ころ大阪国際空港に程近い肩書本店所在地にゴルフ用品の大型小売店舗(本店)を設け、以来その三階においてはゴルフクラブを、二階においてはゴルフ靴及びゴルフ用衣料品を、一階においては右以外のゴルフ用品をそれぞれ展示し、一般消費者に販売している。そのうちゴルフ用衣料品については、各メーカーのいわゆるブランド商品を中心に品揃えしているが、前記のスラセンジャーをはじめ原告製造の商品は取扱っていない。右店舗における衣料品の売上高は、全体の売上高の約三〇パーセントを占めている。なお、被告は、その後、兵庫県尼崎市及び千葉県船橋市所在のゴルフ練習場内に支店としてそれぞれ武庫川店、船橋店を設け、本店同様ゴフル用品の店頭販売(小売)を行っている。

3 以上認定した事実に基づいて判断するに、まず、被告がその営業表示として使用する「ゴルフプラザワールド(GOLF PLAZA WORLD)」については、原告の営業表示である「ワールド(WORLD)」とはその外観、呼称及び観念のいずれの点からしても、類似性があるとはいえない。もっとも、前記認定のとおり、被告が多くの場合「WORLD」の部分を別段にし、字体も大きくしていることから、この部分が他の部分に比べて見る人に強い印象を与えることは否定できず、加えて「ゴルフプラザ」とは「ゴルフの広場」という程の意味であり、観念的には「ワールド」を修飾する語と解せられることからすれば、「ワールド(WORLD)」の部分が右表示の主要部分とみれなくはない。

しかし、「ワールド」という言葉は、元来「世界」という意味の普通名詞であって、それ自体独自性を有するものではなく、原告そのものを示す固有の名称として専属的に使用されるものではないから、その識別機能は比較的弱いといわざるを得ないこと、さらには、原告の使用する「WO-RLD」の「W」の字体には前記のような特徴があるのに対し、被告のそれにはこれといった特徴が見られないことや営業表示と組合せて用いられている両者のシンボルマークの差異等を併せ全体的に観察すれば、「ゴルフブラザ(GOLF PLAZA)」と「ワールド(WORLD)」とが結合して表示される限り、原告の営業表示である「ワールド(WORLD)」と同一又は類似のものと断ずることは困難である。

次に、被告が野外広告において使用している「ゴルフのデパートワールド」については、「ゴルフのデパート」の部分は、営業内容ないしは店舗の性格を表示するものであって、それ自体営業主体を表示する機能はほとんどなく、これに続く「ワールド」を修飾する語であることは一見して明らかである上、字体及び色彩の上で「ワールド」部分が他の部分と区別されていることからも、右表示の主要部分は「ワールド」であるといわざるを得ず、これは原告の営業表示と同一であるから、「ゴルフのデパートワールド」という表示は、原告の営業表示である「ワールド(WORLD)」と類似のものと認められる。しかし、原告の主たる営業内容は繊維二次製品、とりわけ婦人用服飾品の製造、卸であるのに対し、被告の営業内容はゴルフ用品の一般消費者に対する店頭販売(小売)であって、両者間には営業の種類及び態様、対象とする市場等において相当の差異がある。なる程、被告はゴルフ用品の一部としてゴルフ用衣料品を販売しており、その限りにおいて原告の取扱商品と競合することは否定できないところであり、《証拠省略》によれば、ゴルフ用品販売市場において、衣料品を中心とするいわゆるソフト商品の比重が、クラブ、ボール等のいわゆるハード商品に比較して次第に増大する傾向にあること、また、「スポーツ衣料のカジュアル化」と呼ばれる現象で、スポーツ用衣料と街頭で着られる衣料(いわゆるカジュアルウエア)との区別が次第になくなる傾向にあることが認められ、このような事情からすれば、右の競合する取扱商品の範囲は将来さらに拡大することも考えられる。しかし、原告がスポーツ用衣料部門に本格的に参入したのは、被告が設立された昭和五六年一一月前後のことであって、その当時原告がスポーツ用衣料、とりわけゴルフ用衣料品を取扱っていることが周知されていたとは認め難い上、原告は近時子会社や直営店を設けるなどして小売部門を充実強化する傾向にあるとはいえ、依然として製造、卸中心の営業形態が大きく変化したとは認められない。以上のとおり、原告と被告との間には、営業の種類及び態様、対象とする市場等において相当の差異があるのに加え、被告はむしろその営業表示として「ゴルフプラザワールド(GOLF PLAZA WORLD)」の方を主として使用しており、「ゴルフのデパートワールド」中の「ワールド」はいわばこれを短縮省略した形として、野外広告の看板等限定された場合にのみ使用しているものと窺われることをも併せ考慮すれば、被告の右表示によって、原告と被告を同一営業主体又は両者間に親会社、子会社の関係若しくは系列会社関係などの緊密な関係が存するものと誤認混同させていると認めることはできず、その虞れがあると認めることも困難である。

そうすると、被告の使用する営業表示は、その一は原告の営業表示と同一又は類似のものと認められないし、他の一は原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせるものと認められないから、いずれも不正競争防止法一条一項二号所定の要件を欠くといわざるを得ない。

四  よって、原告の本訴請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂詰幸次郎 裁判官 萩尾保繁 石原稚也)

〈以下省略〉

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